鳴子漆器の伝統工芸士たち

木地師と塗師が、たくさんの手間ひまかけつくる実用的で丈夫な鳴子漆器。毎年秋に鳴子の『全国こけし祭り』と同時開催の『鳴子漆器展』の常連でもある、鳴子漆器を支える伝統工芸士3人にお話をうかがいました。

«木地師»高橋昭市 会津にも修行にいってこの道50年以上

鳴子温泉郷にほど近い鬼首(おにこうべ)の山間で木地業を営む髙橋昭市さんは、今では鳴子でも数少なくなった木地師のひとり。木地師だった叔父さんのもとで技を身につけ、「会津にも修行にいった」という「この道50年以上」のベテランです。木地づくりには充分に乾燥させた木材を使い、サイズを決めたら四角に“木取り”して“荒挽き”し、さらに乾燥させてから成形していくといいます。木目が美しいケヤキと共に鳴子漆器に使われることの多い木材がトチ。髙橋さんによると「最近はトチが少なくなってきている」そうですが、トチは「適度に柔らかくて挽きやすく、漆の定着も良い」と話します。「サクラは女性に人気がある。クワには血圧を下げる効果があると言われているからお年寄りが使う物にするといいんだよ」。木材を知り尽し、いくつかのろくろを使い分けながら、自在に大小さまざまな木地を挽く髙橋さん。特に大きな物が挽ける髙橋さんを頼ってくる人も少なくありません。「この間は注文で二尺一寸(直径約63cm)のそば練り鉢とその台を挽いたんだけど、『こんなに大きくて立派な鉢はどこを探しても見つからなかった』って、お客さん喜んでくれたよ(笑)」。

高橋昭市

宮城県大崎市鳴子温泉鬼首字下蟹沢16
TEL 0229-83-2492

<1>自宅に隣接の作業場で仕事をする髙橋さん。迷いのない手つきで木地を挽き上げていく。<2>ろくろの傍らにはカンナがずらり。器のどこを削るのかなど用途によってカンナを使い分ける。<3>先祖にあたる人がつくったというヒノキの曲物は、明治時代の貴重品。

  • 「茶びつ」や「茶筒」などは鳴子漆器の昔からの定番。

  • 素朴なフォルムの「そば湯入れ」も人気の逸品。

  • 大きめのお椀はお雑煮などにもぴったり。

  • 堅牢な鳴子漆器は、日用品も長く愛用できる。

«木地師»笹原勝男 人がやらない面倒な仕事を引き受けてしまう

笹原勝夫さんは、鳴子漆器を支えるもう一人の貴重な木地師。生まれ育った山形で5年間修行、1年のお礼奉公を経て、修行時代からの主な納品先だった鳴子に来て昭和33(1958)年に独立しました。当時の鳴子漆器を代表する“龍文塗”で知られた澤口悟一氏の工房・鳴子漆工にも多くの木地を納めていたといいます。「鳴子では昔は主に旅館で使う茶びつやおひつが作られていた」そうで、「汁わんなどは、当時はあまりつくっていなかった」と話します。材質を見極め、図面どおりに正確に木地を挽くことで定評のある笹原さん。「昔あったものを復刻した」という“マトリョーシカだるま”や、「丸い形で作ってみた」という5段重ねにできる“入れ子式お重”が、技術の高さを物語ります。その緻密な仕事ぶりから、さまざまな試作やコラボレーションの案件が持ち込まれるというのも納得。「(試作やコラボは)他の人が面倒くさがってやらないような仕事ばかり(笑)。でも、話がくるとつい引き受けて夢中になってしまう」と顔をほころばせます。新しいものづくりへの笹原さんの挑戦はこれからも続きそうです。

笹原木工所

宮城県大崎市鳴子温泉字上鳴子58-2
TEL 0229-83-2427

<1>笹原さんもこの道50年を越える大ベテラン。<2>組み合わせて楽しめる「キャンドルホルダー」など“漆器と木地玩具の融合”をコンセプトとする“NARUKO”ブランドの木地も笹原さんが手がけている。<3>笹原さん宅に飾られていた澤口悟一氏の手による龍文塗。

  • 拭き漆による木目の美しさに思わずうっとり。

  • 徳利やぐいのみを一つにまとめて収納できるという試作品。

  • 5段重ねの通称「たけのこ重」。使った後はひとまとめにできる優れもの。

  • マトリョーシカのもとになったとされる「入れ子人形」を再現。

«塗師»後藤常夫 ケヤキの木目を生かした木地呂塗こそ鳴子漆器

鳴子温泉の中心部に工房兼自宅を構える後藤常夫さんは、鳴子を代表する塗師のひとりで、鳴子漆器協同組合の理事長も務められていました。同じく塗師だったお父さんの後を継いでこの道に進み、秋田市の生駒弘・親雄両氏に師事して、「15〜20歳まで修行を積んだ」といいます。当時あたりまえだった厳しい徒弟制度とは正反対の恵まれた修行環境で、「仕事が終わると、夜の時間を使ってさまざま技法を丁寧に伝授してもらえた」のだそう。そうして身につけた貴重な技の数々が、現在の後藤さんの漆器を形づくっています。塗りの技法によっては13〜30近い工程を経てつくられる鳴子漆器。「下地をちゃんとしておかないと、上をいくらやってもだめ」といい、最初に行う“木地固め”や“錆付け”といった下地づくりは特に念入りに行われます。漆黒に輝く“呂色磨”(ろいろみがき)や独特な質感の“煙草塗”など多彩な技を駆使する後藤さんですが、一番好きなのは、使い込むほどに美しい木目が浮かび上がる“木地呂塗”だと語ります。「この辺りではケヤキがいっぱい取れたから、それを生かして漆器が作られた。そして、ケヤキの木目を生かすのが“木地呂塗”。鳴子漆器といったら“木地呂塗”だと、私は思ってるよ」。

<1>工房でお椀の下地の作業を行う後藤さん。たくさんの工程をすべて一人でこなす。<2>下地用の漆をヘラで丁寧に塗り込んでいく。ヘラは作業のたびに小刀で先を削り好みのしなやかさにして使う。<3>塗りの作業に用いるハケ。人の髪の毛が使われているのだそう。

  • しっくりと手になじむ木地呂塗のお椀。

  • 「棗(なつめ)」は木地呂塗の美しさが際立つ。

  • 木地呂塗の「菓子器」。経年変化できれいな木目を堪能できる。

  • 鮮やかな縁取りと漆黒のコントラストが絶妙な逸品は、後藤さんのオリジナル。