使ってくれる人がいる、だから続けたい
400年以上もの歴史を数える柳生和紙を作る工房は現在1軒のみ。真摯な眼差しで簀桁(すけた)と向きあうのは佐藤ふみゑさん。80歳を超える今でも現役で紙を漉いています。和紙の原料が入っているすき舟を撹拌したり、簀桁(すけた)で紙を漉く作業はなかなかの重労働。小さな身体のどこにそんなパワーがあるのかと驚いてしまうほど。
原料となるコウゾやミツマタは蒸し、皮をはぎ、釜でゆでて繊維だけの状態に。そこへトロロアオイ根からとれるねばねばとしたネリを加え、紙の原液を作ります。淡い黄色の花をつけるトトロアオイの粘度はすき舟の中の繊維の沈みこみや絡みを防ぎ、より均一な仕上がりを出すために大切な役割をはたすもの。原液を用意するだけでもたくさんの手間と時間がかかります。
「使ってくれる人がいるからやめられない」と語りながら簀桁に原液をすくい、リズムよく揺すり、次々と紙を漉くふみゑさん。その力強い手から生まれた和紙はやさしい温かさがいっぱいつまっています。
伝統を絶やさぬ、地産地消の和紙文化。
その土地土地で育つコウゾやミツマタなどの繊維植物を原料とし、昔ながらの製法で作られる和紙は障子に貼る、書を書く、衣類として着るなど多様な用途で使われていました。しかしながら大量生産できる西洋紙の流入、生活スタイルの変化によって和紙の需要は減り、生産する産地・職人も大幅に少なくなりました。
柳生和紙もその例にもれず、現在和紙を漉くのは佐藤さんの工房だけとなりましたが、伝統を守りたいという思いのもと、さまざまな形で使われています。かつては仙台張子の松川だるまもすべて柳生和紙のだるま紙で作られていました。また、長年近隣の小中学校の卒業証書として使用されているほか、近年では照明のシェードや壁紙として利用されたり、柳生和紙で作ったミニ七夕飾りが販売されたりするなど、地元で使われる例も少なくありません。
和紙がかもし出す障子やランプシェード越しのあたたかな光、やわらかな手ざわりは日本人の心をやさしく和ませてくれるもの。道具や素材、装飾として。日本が大切にしたい和紙文化は柳生の地でもゆっくり、大切に育まれています。