番外編:福島

冴える技、みなぎる力。

子どもの健やかな成長への願いを込めて
飾られる、いわき絵のぼり。
一枚一枚手描きだからこその迫力ある
刷毛さばき、絶妙な色使いで、
見るものを圧倒します。
江戸時代からつづく伝統ある絵のぼりを
今に伝える工房を訪ねて、
一路いわき市へ―。

プライドをかけて守り継ぐ伝統の技プライドをかけて守り継ぐ伝統の技

端午の節句に絵のぼりを飾る風習は江戸時代以降に一般庶民の間で広まり、主にその製作の担い手だった染物屋に技術が伝承されてきたといいます。いわき市平(たいら)で180年以上続く石川紋店もそのひとつ。天保2(1831)年に染物屋として創業し、その後着物などに家紋を描き入れる紋屋となって、今のご主人・石川進(すすむ)さんは7代目にあたります。豪快な筆勢やぼかしによる美しい色調が特徴的な絵のぼり製作の伝統を代々受け継ぎ、「常に石川の名にこだわって仕事をしてきた」と語ります。進さんの父・幸男さんは、地元だけでなく関東圏でもその名が知られた絵のぼりの名手として、その優れた技はいわき市の無形文化財に認定されていました。現在は、いわき周辺などで新盆に飾られる家紋入り盆提灯を主に製作していますが、弟・貞治(さだはる)さん、進さんの息子・幸太郎さんが、注文に応じ期間限定で絵のぼりを製作しているそうです。
昭和39年に石川紋店はもらい火に見舞われ、「下絵も何もかも失って、絵のぼりづくりが途絶えていた時期もあった」と語る進さん。その状況を変えたのが、多摩美術大学で学んだ弟の貞治さんでした。デザイン事務所勤務を経て貞治さんが25年前にこの道に入った当時、絵のぼりをつくる地元の職人はほとんどいなくなり、出回る絵のぼりの質も下がりつつあったといいます。父・幸男さんの技を守り継ぐ職人として、またプロのデザイナーとしても、「プライドがあるので、そんな程度で伝統ある絵のぼりを終わらせたくなかった」と貞治さんは話します。技術、デザインの両方で、自身が納得のいく絵のぼりを追究し、見事な絵のぼりが再興されていきました。そして2008年、名職人だった亡き父の名を襲名。絵師・石川幸男二世として、地元水族館のシーラカンス発見に触発された「志意羅感須幟(シーラカンスのぼり)」ほか、地域に伝わる神話・伝説などを題材にした独創的な“作品”としての絵のぼりを手がけていることでも知られています。「手本とする浮世絵を縦長の絵のぼりに落としこむために、どこまで簡略化するのか。エッセンスを抽出する翻訳能力のようなものが必要とされます」。描いた武者絵はすでに20通りのポーズをゆうに超えていますが、「100ポーズは描きたい」と語る二世幸男さん(貞治さん)の挑戦はこれからも続いていきます。

石川紋店
福島県いわき市平上片寄字堂ノ作31
TEL 0246-34-6681

<1>絵のぼりの名人として知られた先代の石川幸男さん <2>人気の図柄「川中島」。縦長なのぼりに一騎討ちの様子が見事に表現されている <3>「鯉のぼり」の鱗の一つひとつも、手描きならではの美しさ <4>技法は江戸絵のながれをくみ、歌川国芳などの浮世絵の影響も受けているそう

アクアマリンふくしまによるシーラカンス発見にちなんだ貞治さんの代表作「見立鯉金 志意羅感須幟」。“金太郎の鯉つかみ”図の大胆なパロディ

<1>貞治さんオリジナルの色鮮やかな「勿来関(なこそのせき)」。いわきにあったとされる関所で源義家が歌を詠んだことで知られている <2>貞治さんがかねてから絵のぼりにしてみたかったという「祐天上人(ゆうてんしょうにん)」は、いわき生まれの実在の僧侶 <3>幻想的な“杜のシリーズ”など画家としても活動している石川貞治(二世幸男)さん

独学で技を身につけ未来を見つめる独学で技を身につけ未来を見つめる

いわき市泉町の工房滝根庵で製作を行っている吉田博之(雅号:辰昇〈しんしょう〉)さんは、曾祖父・近藤辰治さんから三代つづく絵のぼりの職人。もともと絵を描くことが好きで、小さい頃から「雰囲気が良くて好きだった」という先代の祖母・宇佐美しずえさんの工房を訪ねては絵のぼりにふれて育ったのだそうです。しかし、吉田さんが専門学校卒業後、その歴史と専門性にひかれて絵のぼりの絵師となる道を選んだ時には、病気のために祖母のしずえさんから技術を教わることはできなくなっていました。
そこで吉田さんは曾祖父と祖母が遺した絵のぼりや親戚から聞いた話をもとに独学を開始。それと並行して、染色はもちろんのこと、日本画、書道、表装なども習得し、「3年くらい勉強して、ようやく自分なりのやり方がみえてきた」といいます。「描けば描くほど上手くなっていける実感があったので、絵のぼりに夢中で取組むうちに、製作が生活の一部になっていました」。2009年に渋谷区立松濤美術館で開催された『江戸の幟旗展』の図録では、「若く有望な幟絵師」として吉田さんが言及され、高い評価を受けました。
「明治以降、狩野派の絵師たちが凧やのぼりに絵を描いて生計を立てていた」のだそうで、吉田さんは自身で江戸〜明治期の古い絵のぼりを収集し、初代・辰治さんの作品に影響を与えた狩野派や浮世絵の図柄について研究を重ねています。さらに、ウェブサイトなどを通じて積極的に絵のぼりについての情報発信にも努めている吉田さん。「端午の節句に絵のぼりを飾るという風習が、昔から続いてきたのは素晴らしいことです。“絵のぼり”という長い歴史と大きな魅力を持った工芸品があるということを、もっとたくさんの人に知ってほしいと思っています」と抱負を語ってくれました。

いわき絵のぼり吉田
福島県いわき市泉町滝尻字根ノ町73
TEL 0246-96-5506

活き活きと描かれた“鯉の滝登り”は立身出世を表す図柄

工房で仕事中の吉田博之(辰昇)さん。のぼりを水平に引っ張り、つり下げた状態で作業する

<1>吉田さんは江戸時代などの古い絵のぼりを収集・研究し、製作にいかしている <2>初代・近藤辰治さんの貴重な下絵も大切に受け継いでいる <3>近年は室内でも飾れる“内のぼり”も人気だそう