「常に、新しいスタイルで挑んでいくーそういう性格の工芸品だと思っているんです」東北工芸製作所がつくる、育てる、新たな伝統 宮城県指定「伝統的工芸品」ー。このポジションを築き上げるまでの背景には、東北工芸製作所の、確かな伝統工芸技術だけでは実現し得ない、脈々と受け継がれてきた独特の企業姿勢がありました。「常に、新しいスタイルで挑んでいくーそういう性格の工芸品だと思っているんです」東北工芸製作所がつくる、育てる、新たな伝統

宮城県指定「伝統的工芸品」ー。このポジションを築き上げるまでの背景には、東北工芸製作所の、確かな伝統工芸技術だけでは実現し得ない、脈々と受け継がれてきた独特の企業姿勢がありました。

工芸品は「使われてなんぼ」

「うちはベンチャーなんですよ。」
東北工芸製作所社長、佐浦康洋さんから迷いもなく飛び出すその言葉。
同社が扱う「玉虫塗」は、宮城県指定の伝統的工芸品。いまや仙台を代表する銘産品を作っているのにベンチャー? 不思議に思いその理由を問うと、興味深い企業理念を教えてくださいました。

「われわれは、伝統的工芸品になろうと努力をしてきたわけではありません。玉虫塗は、国が国策として作った技法。国の協力で生み出したこの新技術を使って、時代に合わせて売れるものを作ろうと頑張ってきたのです。そういう意味では、ベンチャーに近い会社だと思っています。ただ、飾り物ではなく、“使われてなんぼ”というところはずっと強く意識してやってきたつもりですし、その意識は会社の中に浸透しています。そうやって地に足のついた商売を長く続けてきたら、たまたま伝統的工芸品というお墨付きをもらえただけだと思っています」

佐浦社長は現在3代目。昭和初期に初代元次郎氏が苦心して会社を軌道にのせてから、会社が抱える職人が徐々に増え、その後県の伝統的工芸品に指定されると、次々に大きな仕事が舞い込んでくる——。会社が成長する姿を子どもの頃から目の当たりにしながら、初代社長からは“チャンスを逃さない判断力”、先代のお父様からは、“経営者的思考”を学んだといいます。

「初代社長にはとにかく可愛がってもらいました。仕事の話はあまりしなかったように記憶していますが、母からは、祖父が“幸運の女神には前髪しかない”ということわざをよく言っていたと聞かされていました。“チャンスの女神には前髪しかなく後ろ髪がないため、通り過ぎてから捕まえようとしても掴む場所がない”つまり、“もう遅い”という意味なのですが、そのことわざからも、玉虫塗は、時代に合わせて常に新しいスタイルで挑んでいく、そういう性格の工芸品なのだと思っていました。父からは会社経営に関する姿勢を教わりました。とくに品質、価格、納期、この3つはとくに口をすっぱくして言われましたね。」

他業種とのコラボで得た、新たなファンと実績

玉虫塗の強みは木地だけでなく、ガラスやプラスチック、紙など、さまざまな素材に塗れること。その強みを生かし、ボールペンやワインスタンドなど、これまで多くの工業製品とコラボレーションし、商品を開発してきました。近年話題になったのは、人気アニメ「戦国BASARA」とコラボした絵葉書です。アニメとのコラボは、玉虫塗の客層を大きく広げたと佐浦みどり店長はいいます。

「これまで、アニメのファンの方が玉虫塗を買うということはなかったし、そもそもアニメのファン層と、工芸品を買う客層というのはきっと対極にあったと思うんですよね。そうしたこれまで遠かったファン層に近づくきっかけができたのはよかったなと思います。でもジャンルはもちろん、生産量、価格帯、ネットでの予約販売など、すべてが手探りの状態でした。当初は300枚くらいからスタートしようと話をしていたのに、発売前からネットで注文が入り、発売後3ヶ月で1万枚ほど注文が入りました。しかも1枚400円(笑)。現場からは戸惑いの声もあがりましたが、製作工程を効率化し、なんとか作りあげることができました。とても難しい仕事ではありましたが、自分たちにもやればできるんだという自信がつきましたし、また、実際にこうした実績を見せることで、その後もいろいろなお話をいただき、仕事の幅が広がってきたという実感があります。」

100年後の姿を見据えたモノづくり

現在も、国内外のデザイナーやディレクターとコラボしながらさまざまな商品開発を進めている東北工芸製作所。新しいことを始めるときに、社長として、いつも意識していることがあるといいます。それは、「長く続けられるかどうか」ということ。

「これは基本的な経営の方法ですが、会社の柱は複数合ったほうがよいわけです。だからいずれ事業の柱になる可能性があるものであれば、まずスタートは切ってみます。しかし、焦ってすぐに売り出すつもりはないんですよ。時間をかけずに適当に売れそうなものを作って出してしまうと、一時的にものすごく売上が上がっても、すぐに落ちてしまう。打ち上げ花火と一緒です。反対に、ゆっくりゆっくり時間をかけて上っていくものは、落ちるのにも時間がかかります。そうやって上って下りるまで、そのモノの人生の長さで価値を測りたい。ものづくりにはそういった長くて大きな流れを作ることが大事だと思っているからです。会社の中で自分はそうした舵取りをしているつもりですが、最近は、我々の技術を理解したプロデューサーなり、ディレクターが、一緒になって進む方向を示してくれるのでとても心強いですね。」

営業を担当しつつ、職人との調整役も担う店長のみどりさんも、長く続けることの大切さを感じているそう。

「長く続けるって、いかに地に足がついた状態で商売ができるのかだと思うんです。たくさん注文が入ったからといって、すぐに商品が作れるわけではないし、どうやってその課題を解決していくのかということを考えるのも、実はすごく時間がかかることなんです。

細々とやっている工芸品なので、それほど資金があるわけではありませんし、大きなリクスを背負えるわけでもありません。だから、商品を作るときには、いつもどうやったら100年後も続けられるかということを考えています。思い込みだけではなく、ちゃんと使ってもらえるもの、売れるものにこだわりたいのです。そういう意味ではTouch Classicに関しても、今後の軌道修正は必要だし、これからじっくり作り上げるブランドだと思っています。すぐに爆発的に売れなくても、ゆっくりでもよいから、賛同してくれる人を増やし、ちょっとずつファンになってくれる人が増えてくれるといいなと思っています。」

同社が工藝指導所から引き継ぎ、掲げてきた基本理念「見る工芸から使う工芸へ」。

商品がどのような人に使われ、どういった機能が求められているのかを常に追求し、プロダクトへと落とし込む。伝統の良いところは残しつつ、現代だからこそできること、世界に通用するものなど、付加価値をプラスしていきながら、いままでと違うものづくりにチャレンジしていく。そして、それがどんなに時代が求めているものであっても、流行り廃りのあるものであれば、追いかけることはしない——。

目指すところは工業製品に近いといいつつ、伝統的工芸品としての自覚も自負もちゃんとあるのです。こうした足元を見失わない頑な姿勢こそが「残っていく工芸品」の由縁なのかもしれません。

  • 佐浦康洋社長。大学卒業後、外資系食器メーカーに勤務後、東北工芸製作所に入社。98年より現職。47歳。
  • 左から、佐浦社長、店長のみどりさん、工場長の松川さん
  • 玉虫塗の最大の特徴といえる「銀粉撒き」を施す工場長の松川泰勝さん。銀粉の作り方や撒き方は、玉虫塗の最大の特徴である「艶やかな光沢」に影響するため気の抜けない作業。銀粉の材料(アルミペースト)が多ければ多いほど輝きは強くなるが、漆の密着が弱くなるため、輝き具合と密着度のバランスが難しいのだとか。
  • 木地の凸凹や傷を研磨して、塗って、また研磨して、塗ってと、下地塗りだけでも5〜16回ほど繰り返す。漆の下には、とてつもない回数の下地の仕事が施されているのだ。
  • まさに熟練の技が必要とされるのが上塗りの作業。少し厚く塗ると色が濃くなり黒っぽくなり、逆に薄すぎると赤みが強くなりすぎる。しかも、慎重になりすぎてゆっくり仕上げようとすると、塗りむらができ、均一に色を塗ることができないため、漆に対しては常に、スピードと正確さを保ちなら緻密な作業を繰り返さなければならない。
  • 平成24年、松川さんは優れた技術を持つ技術者に贈られる「宮城県卓越技能者」を受賞。玉虫塗に携って30年。高度な技能を行政からも認められている松川さんだが、新商品を開発する際には、難易度の高い素材、しかも短期間に大量生産することなど、多くの課題をつきつけられることもしばしば。
    「正直、キツイな、とは思いますよ(笑)。でも、自分には難しいと思っていたことができるようになる、それは単純にものすごい達成感でもあるんです。」
    飽くなきチャレンジ精神は、この会社の職人にも深く浸透しているようだ。