伝統工芸の未来を共有する若きクリエイターたちとのものづくり

仙台生まれの技法に魅力を感じてくれるクリエイターの感性を取り入れた、玉虫塗のニューライン「TOUCH CLASSIC」が本格始動しました。
世界を見据えたモノづくりのきっかけとは。

大震災がもたらした「気づき」と「出会い」

艶めく黒漆と、洗練されたデザインでこれまでにない玉虫塗の世界を表現した、コンセプトライン「TOUCH CLASSIC」。2012年6月には欧州最大のデザイン展覧会「DMY Berlin」に出品。さらに翌年の2月にはフランクルトで行われた世界最大規模の見本市・アンビエンテに出展するなど、海外への輸出を視野に入れ、国内外のさまざまなデザイナーとコラボレーションし、精力的に新商品の開発に取り組みました。
「“TOUCH CLASSIC”を立ち上げたきっかけは、2011年3月に起きた東日本大震災でした」。そう語るのは、東北工芸製作所のショップで店長を務める、佐浦みどりさん。そもそも玉虫塗は、宮城県の伝統的工芸品の指定を受けていることもあり、販売網は県内が中心。贈答用や記念品、お土産の定番として地元で親しまれてきました。しかし、震災により状況は一変。会社は経営的に大きな打撃を受けたとか。
「震災後、売り上げの主力だった記念品は、発注キャンセルが相次ぎました。観光客が来なくなり、百貨店の売り場も動かない。全く商品が売れない状態が2ヶ月以上も続き、さすがにこれではもうやっていけないなと思いました。当時、人々が優先して買い求めていたのは、まず食料品、次いで燃料、そして生活用品。当然、工芸品などはいちばん後回しなのです。そういう現実に直面したことは、これからの会社のあり方を考えるきっかけになりました」。
その頃に知り合ったのが、たまたま近所に住んでいたという木村真介さん。国内外に広い人脈を持つ木村さんと出会い、話をする中で気づかされたのが、もし玉虫塗の販路が仙台だけでなく、東京や海外にもあれば、地元で震災が起こったとしても、売上げがここまで落ち込むことはなかったかもしれないということ。玉虫塗はそもそも輸出用に開発された技術だったことを思い出し、この震災を機会に、思い切って新商品を作って販路を県外にも広げていこうと考えたといいます。

仙台愛で繋がったクリエイターの輪

そして木村さんの働きかけによって、「見る工芸から使う工芸」という商工省工藝指導所のものづくりの理念を受け継いでいる東北工芸製作所の姿勢に共感した、東京在住の小野清詞さん、大和田良さんら(クリエイティブチーム)が「TOUCH CLASSIC」というブランドをおこし、形にすることに。小野さんや大和田さん自身も仙台出身で、幼い頃から玉虫塗が身近にある環境で育ったのだそう。地元仙台・宮城を大切に思う熱い気持ちやつながりがあってこそ生まれたのが「TOUCH CLASSIC」と佐浦店長はいいます。
「ブランドを始めるにあたって話し合ったのは、工芸品にとってもっとも重要なことは、“使われること”だよねということ。だからこそ新商品は、現代のライフスタイルに合った素材を使い、商品展開も日常的に使えるものに限定しよう。そして、デザインはやっぱりかっこよくしようと(笑)。そうやって話し合いを重ねながら、伝統技術だけに頼らない、あくまでマーケティングの成果としてたくさんの人に使ってもらえそうなものを作る、という大きな流れができました。でも、考えてみるとそれは、工藝指導所時代のコンセプトそのものだったのです」。
こうして販路開拓を目指して立ち上がったプロジェクトでしたが、販路が広がれば勝手にモノが売れていく、というわけではありません。そのことに気づいたときにも、この“ものさし”に立ち戻って考えることができたと話すのは生産管理を行う木村さん。
「たとえ東京で玉虫塗を1個置いてくれるお店ができても、そこには47都道府県のものが集まってきています。一見販路が開拓されたように見えても商品が売れなければ商売にならない。仙台だけでなく、東京や世界でどうやって勝負をするのかということを、突き詰めれば突き詰めるほど、販路だけではだめだということがわかってきたのです」。

「TOUCH CLASSIC」の黒

毎日の暮らしで使えるよう、「TOUCH CLASSIC」のベースとなる色として選んだのは“黒”。黒は多様なライフスタイルになじみやすく、さまざまなシチュエーションに使えるという理由からでした。
「これまでの玉虫塗は朱色と緑がベースカラーでしたが、強い色づかいは好みがわかれてしまいます。せっかく商品が良くても、赤は嫌いとか、この緑は日本っぽすぎるから苦手、とか、色の好みで取捨選択されてしまうのではもったいない。海外で現地調査をしてみると、より受け入れられやすいのがモノトーンだとわかりました。そこで、黒であれば、海外の生活スタイルにも馴染みやすく、商品さえ良ければ、自然と買い換えてもらえると考えたのです」。
玉虫塗で作る黒は、銀粉を吹きつけることで深みを出すため、暗いところでみると真っ黒に見えても、光を当てると藍色のよう。光の具合で色合いが変わるという玉虫塗の特徴を存分に引き出すことができます。しかし、佐浦店長によると、色へのこだわりはこれにとどまらなかったそう。
「下地に蒔く銀の層や粒子の細かさによっても、さまざまな黒色を作ることができます。粒子を荒くするとギラギラと輝きの強い黒になり、反対に粒子を細かくすると、繊細な艶感が出ます。4種類ほど作った結果、粒子が細かいものを採用することになりました」

「見る」から「使う」工芸品へ

「TOUCH CLASSIC」はただ飾るのではなく、暮らしの中で自然に触れ、味わい、楽しんでもらいたいという思いがこめられています。佐浦さん自身は、伝統工芸品が身近にあり、触れる生活についてどう感じているのでしょうか。
「玉虫塗は、日常生活で使うものが多いので、工芸品だからといって特別扱いをする必要はないと思っています。とはいっても、水垢や水滴はそのままにしておくと残ってしまうので、洗ったらすぐ拭いたほうがいいとか、傷がつくので固いものと一緒に重ねないなど、気をつけたほうがいいことはあります。でも、最近とくに感じるのは、面倒だと思っても、ものを大事にするということを日常の中で意識するのは大切なことだなということ。日常使いだからといって、ものを雑に扱っていると、そういう習慣が知らず知らずに生活に浸透していくなと思うんです。私は職業上ですが、人からモノを借りたら包んで返すとか、いつの間にか自然にできるようになりました。子どもにも、モノを大切に扱うということを意識させていると自然に身についていきます。そういうことを続けていると、人に対する対応も優しくなれる気がします。モノを丁寧に扱うことでいっぱい教えられることがあるんですよね。工芸品を通してそういう文化は学んでほしいなと思っています」。

新しいものづくりは原点回帰への道

2013年春に独自のサイトをリリースし、本格始動した「TOUCH CLASSIC」。ディレクターである小野さんは今後、どのような展開を考えているのでしょうか。
「玉虫塗は、漆器の中でもリーズナブルな価格で漆器の贅沢な光沢、色合い、風合いを楽しめる技法であり、大衆化させやすい要素が詰まっている伝統工芸だといえます。ですが玉虫塗そのものは伝統工芸ではあるけれど、あくまで技法のひとつ。技法である以上、生活に直接結びつき辛いと思っています。“TOUCH CLASSIC”では広く玉虫塗を知ってもらう“啓蒙”ではなく、日々使う“日常化”を目指した、生活に溶け込ませるプロダクトづくりをしていきたいです。生活に溶け込ませ、大衆化を図ることは“使う”という価値が明確に必要ですし、さらに“使う”には機能美が不可欠。玉虫塗独自の価値を作るために、機能性やデザイン性、そして求めやすい価格を実現して、玉虫塗や「TOUCH CLASSIC」を通し、宮城から東北を活気づけたいと思っています。そして、ゆくゆくは雇用を地元で増やしていきたいですね」。
佐浦店長も、仙台の伝統的工芸品としての玉虫塗は作り続けながら、会社のもうひとつの柱として「TOUCH CLASSIC」をゆっくりと、そしてしっかりと育ていきたいと語ります。
「工芸品だからこうあるべきと決めつけてしまうと、売る市場が狭まってしまうと考えています。海外の商談会で一番言われたことは、“これが海外に出ると3倍の価格になるよね”といった価格に対すること。漆塗りだから高い、ということは通用しないのです。伝統工芸品だ、という意識を自分たちが一度取り払い、純粋にいいねと言われることを目指してものづくりをしなければと思います。そして“たくさん買ってもらえるもの”という市場性も大事にしたいですね。きちんと市場調査し、そこから何をどのように作るのかを考えることは、工藝指導所の基本姿勢。80年経った今、私たちももう一度そこに戻ってスタートしていきたいなと思っています」。
仙台を愛する人々がつながり、これまでにない発想やアイディアが注がれて新しい玉虫塗の歴史が幕を開けました。原点回帰し、新しいものづくりに挑む東北工芸製作所。黒く輝く漆の下に、さまざまな人の夢と、揺るぎない覚悟が透けて見えました。

シンプルでスタイリッシュなデザイン、独特の深みを持つ黒漆が特徴の「TOUCH CLASSIC」

東北工芸製作所・店長の佐浦みどりさん、生産管理を行う木村真介さん

輸出を視野に入れ、試行錯誤を重ねて作られた、「TOUCH CLASSIC」の黒。光のあたり具合で、深い藍色にも見える

手にころんとおさまるナッツボウル。仙台市内にあるホテルのバーでも使用されている

“うすはり”でおなじみの松徳硝子のタンブラーを素地に。宮城の山々の稜線、豊かな海の波を投影している

DMYに出展した、ベルリン在住のプロダクトデザイナーJoachim Frost氏とのコラボ作品。4本の支柱に、玉虫塗を施した

ガラス作家・由元信吾氏とコラボした「YUGEN GLASS(ユゲングラス)風鈴」。涼やかな風鈴は海外でも注目された